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神戸地方裁判所 昭和36年(行)12号 判決 1964年1月30日

原告 小河謙三郎 外一名

被告 国 外一八名

主文

一、原告等の、被告市川武、同菅孝敏及び同寿商事株式会社を除くその余の被告一六名に対する訴のうち、農地売渡処分の無効確認を求める部分はいずれもこれを却下する。

二、原告等のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

三、訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

(原告の申立及び主張)

原告等訴訟代理人は、請求の趣旨として、

一、原告小河謙三郎と被告国との間で、

(一)、同被告が別紙目録第一の一ないし六記載土地の分割前の元地当時西宮市青木町八一番田九畝一〇歩、同第二の一、二記載土地の元地当時同町八五番田一反七畝八歩、同第三の一、二記載土地の元地当時同町八八番の二畑一反一畝一九歩、同第四の一ないし三記載土地の元地当時同町八九番田九畝二歩、同第五記載の土地、同第六の一ないし五記載土地の元地当時同市室川町一〇五番田九畝五歩、同第七記載の土地及び同第八の一、二記載土地の元地当時同市中須佐町一五〇番田八畝二〇歩、以上の各土地につき昭和二二年七月二日付でそれぞれなした買収処分の無効であることを確認する。

(二)、同被告が同目録第一の一ないし六、第二の一、二、第五、第六の一ないし五、第八の一、二記載の各土地につき昭和二二年七月二日付で、同目録第三の一、二、第四の一ないし三記載の各土地につき昭和二七年四月一二日付で、それぞれなした売渡処分の無効であることを確認する。

二、被告国は、原告小河謙三郎に対し、右買収処分に基き、同目録第一の一ないし六、第二の一、二、第三の一、第四の一ないし三、第五、第六の一、二、第八の一、二記載の各土地についてなされた神戸地方法務局西宮出張所昭和二五年二月二七日受付第一〇一一号の各所有権取得登記、同目録第七記載の土地についてなされた前同庁同年三月三日受付第一一九一号所有権取得登記及び同目録第三の二記載の土地についてなされた前同庁昭和二七年二月七日受付第七九二号所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。

三(一)、原告小河敏子と被告国との間で、同被告が同目録第九記載の土地について昭和二二年一二月二日附でなした買収並に売渡処分の無効であることを確認せよ。

(二)、被告国は、原告小河敏子に対し、右土地につき右買収処分に基いてなされた前同庁昭和二五年一〇月二一日受付第九八九三号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

四、原告小河謙三郎に対し、被告上田三代松は、同目録第一の一、四記載の土地につき、被告田口キヌ子は同第一の二記載の土地につき、被告松浦義純は同第一の三記載の土地につき、被告松田茂は同第一の五記載の土地につき、被告河内千代松は同第一の六及び第二の一記載の土地につき、それぞれ、(一)、前記売渡処分の無効であることを確認し、(二)、右売渡処分に基く前同庁昭和三〇年八月二六日受付第八一三五号(同目録第二の一記載の土地については同年四月七日受付第二九六〇号)の各所有権取得登記について各抹消登記手続をせよ。

五、原告小河謙三郎に対し、被告東口福丸は、同目録第二記載の土地につき、(一)、前記売渡処分の無効であることを確認し、(二)、右売渡処分に基く前同庁昭和三〇年四月七日受付第二九六〇号所有権取得登記並に同庁昭和三三年四月九日受付第四九九三号更正登記の各抹消登記手続をせよ。

六、原告小河謙三郎に対し、被告水田久左右ヱ門は、(一)、同目録第二の二記載の土地につき同原告が所有権を有することを確認し、(二)、右土地につきなされた前同庁昭和三三年四月九日受付第四九九五号所有権移転登記の抹消登記手続をなし、(三)、同目録第六の二、四、五記載の土地につきなされた前記売渡処分の無効であることを確認し、(四)、右土地につきなされた前同庁昭和三一年一〇月二二日受付第一三三八七号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

七、原告小河謙三郎に対し、被告辻村三次は同目録第三の一記載の土地につき、被告小溝熊吉は同第三の二記載の土地につき、(一)、前記売渡処分の無効であることを確認し、(二)、右売渡処分に基く前同庁昭和三〇年四月五日受付第二八八五号の所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

八、原告小河謙三郎に対し、被告細長庄次郎は同目録第四の一記載の土地につき、被告寺本寅之助は同第四の二記載の土地につき、被告山下浅吉は同第四の三及び第五記載の土地につき、それぞれ(一)、前記売渡処分が無効であることを確認し、(二)、右売渡処分に基く前同庁昭和二八年九月一八日受付第九九七四号(同目録第五記載の土地については同庁昭和三一年三月一九日受付第三一四一号)の所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

九、原告小河謙三郎に対し、被告西中宗治は同目録第六の一及び三記載の土地につき、(一)前記売渡処分が無効であることを確認し、(二)、右売渡処分に基く前同庁昭和三一年一〇月二二日受付第一三三八七号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

一〇、原告小河謙三郎に対し、被告高木武造は同目録第八の一、二記載の土地につき、(一)、前記売渡処分の無効であることを確認し、(二)、右売渡処分に基く前同庁昭和二六年六月一五日受付第六六九六号所有権取得登記及び昭和三四年三月三〇日受付第四二四五号更正登記(右第八の一の土地につき)の各抹消登記手続をせよ。

一一、原告小河謙三郎に対し、被告市川武は同目録第八の二記載の土地につき、(一)、同原告の所有であることを確認し、(二)、前同庁昭和三四年六月三日受付第八一八五号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

一二、原告小河敏子に対し、被告亀尾幸昌は同目録第九記載の土地につき、(一)前記売渡処分の無効であることを確認し、(二)右売渡処分に基く前同庁昭和二八年八月四日受付第八一七七号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

一三、原告小河敏子に対し、被告菅孝敏は同目録第九記載の土地につき、(一)、同原告の所有であることを確認し、(二)、前同庁昭和二九年四月一〇日受付第三九七二号所有権移転登記及び昭和三一年二月二二日受付第一八〇六号更正登記の各抹消登記手続をせよ。

一四、原告小河敏子に対し、被告寿商事株式会社は同目録第九記載の土地につき、(一)、同原告の所有であることを確認し、(二)、前同庁昭和三一年二月二二日受付第一八〇七号所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。

一五、訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決を求め、請求の原因として、

一、別紙目録記載の各土地(以下本件土地という)中、第九記載の土地は原告小河敏子、その余は原告小河謙三郎の所有であつたが、被告国は、右各土地につき、請求の趣旨第一項(一)及び同第三項(一)記載の如き買収処分をなし、同第二項及び同第三項(二)記載の如き所有権取得登記を農林省名義で経由し、次いで、同目録第七記載の土地を除く本件各土地について、請求の趣旨第四項以下において売渡処分無効確認を求められている各被告又はその先代に対しそれぞれ、同第一項(二)、同第三項(一)記載の如き売渡処分をなし、同第四項以下記載のような所有権移転登記をなした。

二、被告水田久左右衛門は昭和三三年三月二二日同目録第二の二記載の土地を被告東口福丸から買受け、請求の趣旨第六項記載のような所有権移転登記を経由し、被告市川武は昭和三四年六月二日同目録第八の二記載の土地を被告高木武造から買受け、請求の趣旨第一一項記載のような所有権移転登記を経由し、被告菅孝敏は昭和二九年四月五日同目録第九の土地を被告亀尾幸昌から買受け請求の趣旨第一三項記載のような所有権移転登記を経由し、被告寿商事株式会社は昭和三一年二月二二日同土地につき売買予約をなし、請求の趣旨第一四項のような所有権移転請求権保全仮登記を経由した。

三、しかしながら、被告国のなした右各買収処分には次のような瑕疵がある。即ち、

(一)、右各買収処分について、原告等に対し、買収令書の交付がなされていない。

(二)、本件各土地はいずれも買収処分当時荒地であつたし、土地を使用していた者は不法占拠者であり、いわゆる小作地ではなかつた。というのは、右土地は耕地整理施行地であつて、実質上宅地化すべきものであつたから、原告等は自ら耕作をせず、又小作にも出していなかつたのであり、従つて買収の対象とすべからざるものであつた。ことに本件土地中青木町、中須佐町、南昭和町は周囲を宅地で囲まれており、当時からきわめて農地的色彩が少なかつたものである。

右の瑕疵はいずれも重大かつ明白な瑕疵であるから、右各買収処分は無効といわざるをえない。

四、従つて、買収処分が無効である以上、これを前提とする本件各土地の売渡処分及びその後の所有権移転行為は無効となり、又、その旨の所有権取得登記も抹消さるべきものであるから、請求の趣旨記載のとおり、右買収、売渡処分等の無効確認とこれに基く各登記の抹消登記手続を求める。

と述べ、被告国の主張に対し、

一、被告国は、本件買収、売渡無効確認訴訟につき、国が被告適格を存しないというが、行政処分の無効は何人から何人に対しても主張しうべきものであり、又、国は農地の所有権の帰属主体としてその買収及び売渡処分の無効確認訴訟の結果に対し直接の利害関係を有するから、明文のない行政事件訴訟特例法のもとでは、一般原則に従い、法律効果の帰属主体たる国を無効確認訴訟の被告となすことができると解すべきである。

二、被告国は、原告等には本件売渡処分の無効確認を求める法律上の利益がないというが、買収処分の無効が確定されても、形式上売渡処分が存在している以上、その無効確認を求める必要があり、又、かりに、買収処分が有効とされ、売渡処分のみが無効の場合には、原告等が農地法第八〇条に基く権利を存することがありうるから、売渡処分の無効確認を求める法律上の利益がある。

と述べた。

(被告等の申立及び主張)

被告国指定代理人は、本案前の申立として、「被告国に対する本件訴のうち、同被告がなした買収及び売渡処分の無効確認を求める部分を却下する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、その理由として、

一、行政処分の無効確認訴訟もその性質上行政事件訴訟特例法第一条にいう「行政庁の違法な処分の取消または変更にかかる訴訟」にあたるから、右訴訟の被告は同法第三条によりその処分をなした行政庁たるべきところ、本件買収、売渡処分は兵庫県知事によつてなされたものであるから、その無効確認訴訟の被告は同知事でなければならず、被告国は当事者適格を有しない。従つて、本件訴のうち、買収及び売渡処分の無効確認を求める部分は不適法である。

二、農地買収処分の無効を確認する判決がなされれば、処分をなした行政庁は勿論、国もその他の行政庁も買収処分を前提とする売渡処分をも無効として取扱わざるをえないのであるから、買収処分の他に売渡処分の無効確認を求める必要がない。又、買収処分が有効とされれば、国が当該土地所有権を取得したことになるから、その後の売渡処分の有効無効は被買収者の法律上の地位になんらの関係も有しない。従つて、いずれにしても、被買収者たる原告等は、売渡処分の無効確認を求める利益を存しないから、本件訴中、右の部分は不適法である。

と述べ、本案に対して、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

一、請求原因第一項及び第二項は認める。

二、買収令書不交付の事実は否認する。

原告等に買収令書が交付せられた経緯は次のとおりである。即ち、兵庫県知事は、原告小河謙三郎に対しては昭和二二年七月二日付、原告小河敏子に対しては同年一二月二日付で本件土地に対する買収令書を発行し、これを西宮市農地委員会長あてに送付したが、同農地委員会はこれを当時の原告等の住居地を管轄する武庫郡本山村農地委員会(現在の神戸市東灘区農業委員会)あてに送付してこれを原告等に交付するよう依頼した。このような買収令書の交付依頼が他にも相当数あつたので、本山村農地委員会は、手続上の理由から、買収令書の写をとつたうえで村役場の庁吏をして被買収者の許に届けさせるか又は郵送するかの方法をとつていた。ところで、現在、神戸市東灘区農業委員会に、原告小河敏子に対する本件買収令書の写と原告小河謙三郎に対する本件買収令書に添付すべき物件目録の写が保存されている(原告小河謙三郎に対する買収令書の写はその後の事務引継や行政区劃の変更に伴う書類の移動により紛失したものと思われる)から、原告両名に対する買収令書が西宮農地委員会から本山村農地委員会に交付を依頼して送付されたことが明らかである。

そして、本山村農地委員会では、買収令書が交付された場合には、その写の下部に赤鉛筆で丸印を附するのが常であつたが、原告小河敏子の右買収令書の写にはそのような丸印が附されているから、同原告に買収令書が交付されたことが明白である。原告小河謙三郎に対する買収令書の交付については、右のように明らかではないが、同原告と住居を同じくした原告小河敏子に交付されている以上、原告小河謙三郎にも交付されたと考えるべきである。

三、本件土地が農地でなく、又小作地でもなかつたとの点は争う。この点の詳細については、被告一六名訴訟代理人松尾晋一の主張を援用する。

と述べた。

被告上田三代松等一六名訴訟代理人松尾晋一は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

一、請求原因第一項中、原告主張のような買収処分がなされたこと、被告細長庄次郎に関する部分(別紙目録第四の一記載の土地)を除き、売渡処分及びそれに基く所有権取得登記がなされたことは認める。

請求原因第二項記載の事実は認める。同第三項記載の事実は全部争う。

二、被告等のうち、被告国から本件土地の売渡をうけた者は、いずれも買収前からそれぞれ当該土地を小作していたものである。即ち、

(一)、被告河内千代松は別紙目録第二の一記載の土地につき、被告東口福丸は同目録第二の二記載の土地につき、被告高木武造は同目録第八の一、二記載の土地につき、被告亀屋幸昌は同目録第九記載の土地につき、原告等が右各土地の所有権を取得する以前から買収処分まで数十年ないし数百年にわたり(被告等の先代から引続いて)小作していたものである。

(二)、右(一)記載の土地を除いた残余の本件土地は、旧武庫郡大社村東部耕地整理組合が昭和四、五年頃耕地整理を実施した際にできた残地であつて、本件売渡処分をうけた各被告又はその先代が当時土地の所有者である右組合の承諾をえて耕作を続けてきたが、

その後、原告等が右土地の所有権を取得してからも右耕作に対し何ら異議を述べられたことがないので、原告等は右被告等と組合間の土地使用貸借関係を引継いだものである。

三、仮りに、本件土地の買収及び売渡処分が無効であつたとしても、別紙目録第一の一ないし六、第二の一、二、第五、第六の一ないし五、第七、第八の一、二、第九記載の各土地は、売渡処分をうけたそれぞれの被告等が昭和二二年七月二日その売渡をうけ、そのときから今日まで所有の意思をもつて公然かつ平穏に善意、無過失で占有を継続しているから、昭和三二年七月二日に取得時効が完成している。よつて、前記土地に関係を有する被告等につき、本訴において右取得時効を援用する。

と述べた。

被告菅孝敏等二名訴訟代理人松本泰郎は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、「別紙目録第九記載の土地に関し、請求原因第一、二項は認める。第三項は否認する。その他相被告の主張立証を援用する。」と述べた。

(証拠関係)<省略>

理由

(本件買収、売渡処分無効確認請求の適否)

一、被告国の被告適格

一般に、行政処分の無効確認を求める訴訟は、行政処分の効力を争う訴訟という点で、その取消訴訟と類似した性格を有し、抗告訴訟の一種とみることができるが、他方、右訴訟は、結局のところ、行政処分の効力を争うことによつて、これを前提とする公法上の権利関係の存否の確認を求める趣旨と解されるから、形式上はいわゆる当事者訴訟に属するものである。従つて、明文のない行政事件訴訟特例法のもとでは、国も行政処分を前提とする公法上の権利関係の帰属主体として、行政処分無効確認訴訟の被告適格を有すると解するのが相当である。

二、その他の被告等の被告適格

行政処分無効確認訴訟の性質が右のようなものである以上、その被告たりうるのは国又は行政庁に限られ、一般私人には被告適格がないと解すべきである。従つて、原告の被告国以外の被告等に対する訴のうち、売渡処分の無効確認を求める部分は不適法として却下を免れない。

三、被告国に対する売渡処分無効確認の利益

農地の買収処分と売渡処分は一連の手続をなすものであつて、前者が無効であれば後者も無効となる関係にある。そして、買収処分の無効が判決によつて確定されれば、その効果は第三者にも及ぶと解すべきであるから、結局、何人もこれに後続する売渡処分の有効をも主張しえなくなるのであり、従つて、原告等としては、買収処分の無効確認に加えて、売渡処分の無効確認を求める必要ないし利益がないといわねばならない。もつとも、原告等は農地法第八〇条の関係で売渡処分のみの無効確認を求める利益があるというが、本訴において原告等は売渡処分の無効原因として「先行する買収処分の無効」を主張するのみであるから、そのような場合には農地法第八〇条の問題を生ずる余地がなく、右主張をとりえないことは明らかである。従つて、原告等の被告国に対する訴のうち、売渡処分の無効確認を求める部分は、不適法として却下を免れない。

(本案についての判断)

一、本件土地について、原告等主張の頃、その主張の如き買収並に売渡処分がなされ、これを原因とする所有権取得登記がなされたこと、その後、右土地の一部につき原告主張の如き売買が行われこれを原因とする所有権移転登記がなされたことは、それぞれの当事者間において争がない。(被告細長庄次郎は原告主張の売渡処分及びこれを原因とする所有権取得登記がなされた事実を明らかに争わないものと認められるから自白したものとみなす)。

二、そこで、先ず、本件買収処分の効力について判断する。

(一)、請求原因第三項(一)の主張について。

証人丸徳勝三郎、同浅香多計次の各証言によると、原告小河謙三郎と原告小河敏子は親子であつて、昭和二二年七月頃は当時の武庫郡住吉村古寺に居住していたが、同年秋頃にともに同郡本山村北畑へ移転したことが認められ、又、証人深山光治の証言によると、当時本件土地の所在地を管轄していた西宮農地委員会は、不在地主についてはその居住地の農地委員会に買収令書を送付してその交付を依頼していたことが認められる。ところで、証人今井忠雄の証言及びこれによつて真正に成立したと認める乙(ろ)第一ないし三号証及び成立に争のない同第四号証を綜合すると次の事実を認めることができる。即ち、元の本山村農地委員会に、現在、別紙目録第九記載の土地その他に対する原告小河敏子宛の昭和二二年一二月二日付買収令書の写(以下写(イ)という)及び右土地を除いた本件土地その他に対する原告小河謙三郎宛の昭和二二年七月二日付買収令書添付の物件目録の写(以下写(ロ)という)が保管されていること、同農地委員会は、当時、他の農地委員会から本山村に居住する不在地主に対する買収令書の交付依頼があつたときは、後日報償金を交付する都合上、送付された買収令書の写をとつたうえで、地主に出頭を求め、令書を交付し、同時に報償金の請求手続をさせるのが常であつたこと、前記写(イ)の物件目録の最後に「受付手交八月三一日」、写(ロ)の最後に「受付手交九月五日」という記載がなされているが、これは本人に買収令書を手渡し、報償金請求の受付をした日付の記載と考えられること、又写(イ)の交付額内訳欄に赤丸印が記されているが、これは、報償金の計算済のしるしであること、以上の事実を認めることができ、又、証人浅香多計次の証言によると、昭和二二、三年頃原告等が本件土地についてその買収処分に対し異議の申立をなしたことが認められる。

そうすると、証人丸徳勝三郎、同浅香多計次の各証言中、「原告等が本件土地の買収令書を受取つたことはない」旨の部分は右認定事実に照らし措信できず、他に本件買収令書不交付の事実を認めさせるに足りる証拠はなく、かえつて、右事実から、当時、原告等に対し本件買収令書が交付されたことが推認できる。

(二)、請求原因第三項の(二)の主張について。

証人阪本仲右ヱ門(第二回)、同北田福松、同亀尾義正、同浅香多計次の各証言によると、本件土地は、もと武庫郡大社村東部耕地整理組合が昭和五年から一三年にかけて行つた耕地整理のさいに生じた残地であつて、その頃原告らが入札によりこれを取得したものであること、その当時本件土地のうちには荒地の部分も存したこと、原告等は、本件土地のうち畑については買収当時まで小作料をとつていなかつたことが認められる。しかしながら、他方、証人阪本仲右ヱ門(第一、二回)、同亀尾義正の各証言及びこれによつて真正に成立したと認める乙第四号証によると、右荒地部分もその後耕作されて畑となり、本件買収当時には本件土地はすべて田か畑であつたこと、又、買収当時本件土地の周囲で宅地化しているような状況はなかつたこと、原告等は、本件土地のうち田については昭和二三年頃まで小作料をとつており、畑については小作料をとつていなかつたが、耕作自体は承認していたことが認められるので、前記認定事実は、原告主張事実を推認させる事情とすることはできず、他に、原告主張事実を認めるに足る証拠はない。

三、以上のとおり、本件買収処分を無効とする原告等の主張はいずれも理由がないから、原告等の本訴請求中本件買収処分無効確認請求は失当として棄却すべく、又、所有権確認及び登記抹消の各請求は、いずれも、右買収処分の無効を前提とするから、その余の点を判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

四、よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤森正 菊地博 坂本和夫)

(別紙物件目録省略)

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